本検索システムに用いた6系統のマウスは、野生型マウスと5系統のトランスジェニックマウスで構成されます。トランスジェニックマウスはすべてサイトケラチン19(K19)遺伝子のプロモーターの制御下に下表の遺伝子を発現しており、それぞれ特徴的な症状が認められます。
系統名略称 |
系統名 |
胃粘膜上皮で発現する遺伝子 |
主な症状 |
WT |
wild type |
なし |
正常胃粘膜 |
Wnt |
K19-Wnt1 |
Wnt1(Wnt1) |
Wnt経路活性化にともない、胃粘膜上に前がん病変が散発性に発生する。 |
C2mE |
K19-C2mE |
COX-2 (Ptgs2), mPGES-1 (Ptges) |
PGE2シグナル誘導により炎症反応が誘導され、過形成病変が発生する。 |
Gan |
Gan |
Wnt1(Wnt1) |
WntとPGE2双方の活性化により、炎症反応依存的な胃がんが発生する。 |
Nog |
K19-Nog |
Noggin(Nog) |
Noggin発現によりBMPシグナルが抑制されるが症状は見られない。 |
Nog/C2mE |
K19-Nog/C2mE |
Noggin(Nog) |
BMP抑制とPGE2依存的炎症により、過誤腫が発生する。 |
胃がんを含む多くのがん組織ではCOX-2とmPGES-1の発現が誘導され、発がん促進に作用していると考えられます。COX-2とmPGES-1は機能的に共役してPGE2を生合成します。C2mEマウスはCOX-2とmPGES-1の発現により胃粘膜においてPGE2経路が誘導し、それに依存してマクロファージ浸潤を中心とした炎症反応と過形成病変が発生します。
胃がんや大腸がんの発生にはWntシグナルの活性化が重要と考えられます。WntマウスはWntリガンドであるWnt1の発現により、胃粘膜でWntシグナルを活性化しますが、腫瘍は発生しません。一方で小さな限局性の前がん病変の発生が認められます。
GanマウスはC2mEマウスとWntマウスの交配で作製した複合トランスジェニックマウスで、胃粘膜でCOX-2/PGE2経路とWntシグナルの双方が活性化しています。Ganマウスは100%の効率で、炎症反応をともなう腺管型の胃がんを自然発生します。Wntシグナル活性化と炎症反応の相互作用により腫瘍を発生する、ヒト胃がんに近いモデルと位置づけられます。
BMPシグナルの抑制も消化器腫瘍発生に関与しており、BMP受容体遺伝子変異は良性の過誤腫(hamartoma)を消化管に発生する遺伝病の原因のひとつです。NogマウスはBMPシグナルの内在性阻害因子であるNogginを胃粘膜で発現しますが、形態学的変化は見られません。
Nog/C2mEマウスはNogマウスC2mEマウスの交配で作製した複合トランスジェニックマウスで、胃粘膜でCOX-2/PGE2経路が活性化して、同時にBMPシグナルが抑制されます。Nog/C2mEマウスは25%程度の効率で、胃粘膜に炎症反応をともなう過誤腫を発生します。形態的にGanマウスの胃がんとは異なる腫瘍です。
GanマウスとNog/C2mEマウスは、腫瘍発生原因がそれぞれWnt活性化とBMP抑制と異なっていますが、どちらもPGE2依存的な炎症反応を必要とする点で共通しています。
各マウスモデルの詳細な説明は下記の総説を参照して下さい。
Oshima et al, Cancer Sci 100: 1779-1785, 2009
Oshima et al, Pathol Int 60: 599-607, 2010
細胞工学Vol. 31 No. 8, 942-946, 2012